業と輪廻 《宗教・インド・生活》

人間は死んで無に帰するのではなく、各自の業のために来世においてふたたび新しい肉体を得る。

このように生死を無限に繰り返す。

これが輪廻である。

業とは、行為を意味するサンスクリット語のカルマンkarmanの訳語。

あらゆる行為は業として蓄積され、業は、その行為者がその果報を経験し尽くさない限り消失しない。

業・輪廻の思想はウパニシャッドのなかで初めて明確な形をとり、ヒンドゥー教の中核的な教義となったが、本来人間の自由意志を否定する運命論や決定論とは本質を異にしている。

サンスクリット語のダルマは、習慣、義務、教説など多くの意味をもっているが、簡単にいえば行為の規範である。

ヒンドゥー教にはダルマをまとめた法典群があるが、その中心的課題は種姓法と生活期法である。

種姓法はバラモン、王族、庶民、隷民の4階級のおのおのに課せられた法である。

生活期法は学生期、家住期、林棲期、遊行期という人生の4時期のおのおのについて規定されている規範である。

各自の生まれた種姓と現に属する生活期に対して規定された法を、事の成否や利害を考慮することなく、利己心を離れて実践することが勧められている。

ダルマの実践は、物質的・経済的利益を追求する実利、愛情・性愛を追求する愛欲、および次に説明する解脱とともに、ヒンドゥー教徒の人生の四大目的とされている。

ダルマ・実利・愛欲はたとえ実現されたとしても、得られる結果はせいぜい天界に生まれることが最高の果報であり、結局、輪廻のなかにとどまっているにすぎない。

そこでウパニシャッドの思想家たちはさらに進んで業・輪廻からのまったき自由、すなわち解脱を追求するに至り、解脱が人生の最高の目的とされた。

それを実現する方法として、行為の道、知識の道、信愛の道という三つの道が説かれ、とくに神に対する信愛の道は万人に実践可能であり、7、8世紀ころから大きな宗教運動となって展開し今日に至っている。

業・輪廻・解脱の問題は、一般のヒンドゥー教徒にとって切実な問題であったばかりではなく、思想家たちにとっても重要な課題であった。

種々事情を異にするとはいえ、ヒンドゥー教の頂点を形成するサーンキヤ学派をはじめとする六つの代表的哲学体系が成立し、理論的・体系的に解脱とその方法を考究した。

なかでもウパニシャッドに立脚するベーダーンタ学派はインド思想の主流を形成し、現代のインドの知識人の代表的な哲学となっている。
update:2010年02月24日